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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)247号 判決 1992年2月17日

愛知県名古屋市中村区鴨付町1丁目22番地

原告

株式会社大一商会

原告代表者代表取締役

市原茂

原告訴訟代理人弁理士

恩田博宣

柴田淳一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

深沢亘

被告指定代理人

中村友之

松木禎夫

長澤正夫

主文

1  特許庁が平成1年審判第6399号事件について平成3年8月29日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年9月10日、名称を「パチンコ機」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ、平成元年3月14日、拒絶査定を受けたので、同年4月13日、これに対する審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第6399号事件として審理した上、平成3年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年9月30日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

外枠(11)と、

その外枠(11)の前面に前方への開閉回動可能に取付けられるとともに窓口(13)を有する前枠(12)と、

その前枠(12)の後面に固定される合成樹脂製の基枠(21)と、

その基枠(21)に対し後方への開閉回動可能にその一側端で支持される合成樹脂製の基板(22)と、

その基板(22)が後方への開放状態にあるときその基板(22)の引掛孔(92)により取付可能であるとともにその基板(22)の閉成状態においては前記窓口(13)と対応する位置において前記基枠(21)内に位置し、前記引掛孔(92)に係着される引掛突部(91)を有する遊戯盤(23)とを備えたパチンコ機において、

前記基枠(21)の後部側には遊戯盤(23)が嵌合される嵌合段差部(51a)を形成するとともに同じく基枠(21)の後面には押圧部(76b)の設けられた複数個の保持レバー(76)を回動可能に軸支し、

前記基板(22)の前面には遊戯盤(23)上において発生したセーフ玉が受け入れられ転動されるセーフ玉通路(142)を形成するとともに同じく基板(22)の後面には前記保持レバー(76)の押圧部(76b)に圧接係合される膨み部(77a)の設けられた受部(77)を前記保持レバー(76)の個数に対応して設け、

前記遊戯盤(23)を取付けた基板(22)が基枠(21)に対し閉成状態にあるとき前記保持レバー(76)を受部(77)に対して半回動操作することにより、基枠(21)、遊戯盤(23)及び基板(22)が一体的に押圧固着されるようにしたことを特徴とするパチンコ機。

3  本件審決の理由の要点

(1)  手続の経緯・本願発明の要旨

本願の発明は、願書によれば、昭和56年9月10日の出願にかかり、その要旨は、昭和62年12月12日付け、同63年12月14日付け及び平成元年5月9日付けの各手続補正書により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものにあるものと認める。

「外枠(11)(以下、符合に付された括弧は省略する。)と、

その外枠11の前面に前方への開閉回動可能に取付けられるとともに窓口13を有する前枠12と、

その前枠12の後面に固定される合成樹脂製の基枠21と、

その基枠21に対し後方への開閉回動可能にその一側端で支持されるとともにセイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路が一体的に合成樹脂により組付形成された基板22と、

その基板22が後方への開放状態にあるときその基板22の前面に対し取付可能であるとともにその基板22の開閉状態においては前記窓口13と対応する位置において前記基枠21内に位置する遊技盤23とを備えたパチンコ機において、

前記基枠21の後面には押圧部76bの設けられた複数個の保持レバー76が軸支される一方、

前記基板22の後面には前記保持レバー76の押圧部76bに当接係着される受部77が前記保持レバー76の個数に対応して設けられ、

前記遊戯盤23を取付けた基板22が基枠21に対し閉成状態にあるとき前記保持レバー76を受部77に対して半回動操作することにより、基枠21、遊戯盤23及び基板22を一体固着する手段が設けられたことに特徴を有するパチンコ機。」

(2)  引用例

これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である「特公昭55-19618号公報」(以下、これを「引用例1」という。)及び「実願昭54-70341号(実開昭55-171073号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム」(昭和55年12月8日特許庁発行、以下、これを「引用例2」という。)には、夫々次のような発明が図面と共に記載されている。

ア 引用例1

外枠1と、

その外枠1の前面に前方への開閉回動可能に取付けられるとともに窓口7を有する前枠6と、

その前枠6の後面に固定される金属製の基枠27と、

その基枠27に対し後方への開閉回動可能にその一側端で支持されるとともにセイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路を備えた裏機構64が一体的に組付けられた取付基板49と、

その取付基板49が後方への開放状態にあるときその取付基板49の前面に対し取付可能であるとともにその取付基板49の閉成状態においては前記基枠27内に位置する遊戯盤32とを備えたパチンコ機において、

前記基枠27の後面には、そこに立設されたねじ筒31、31に締付け具58、58のねじ杆が着脱可能に挿入螺合される一方、

前記取付基板49には、前記ねじ杆が挿入される孔57、57が前記締付け具58の個数に対応して設けられ、該孔57、57の周囲が前記締付け具58の押圧部に当接し、

前記遊戯盤32を取付けた取付基板49が基枠27に対し閉成状態にあるとき前記締付け具58を挿入螺合することにより、基枠27、遊戯盤32及び取付基板49を一体固着する手段が設けられたパチンコ機。

イ 引用例2

賞球流出口8等が形成された支持板部6と該支持板部6の両側部より上方に門状の枠部材7とが一体的に合成樹脂等により形成された裏枠4に遊技盤5を前方より着脱自在に取付けるためのL字状の締付金具27が上記枠部材7の前面側両側上下位置に夫々設けられたパチンコ機において、上記締付金具27は枠部材7に回動自在に枢支された締付レバー28と該締付レバー28と一体に形成された締付片29を備えており、上記締付レバー28を回動することにより、上記締付片29を枠部材7の内側に突出し、上記遊技盤5を押圧するパチンコ機。

(3)対比

ここで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、後者の「外枠1」、「窓口7」、「前枠6」、「基枠27」、「セイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路を備えた裏機構64が一体的に組付けられた取付基板49」及び「遊戯盤32」は、前者の「外枠11」、「窓口13」、「前枠12」、「基枠21」、「セイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路が一体的に組付られた基板22」及び「遊戯盤23」に夫々相当するので、両者は、

『外枠11と、

その外枠11の前面に前方への開閉回動可能に取付けられるとともに窓口13を有する前枠12と、

その前枠12の後面に固定される基枠21と、

その基枠21に対し後方への開閉回動可能にその一側端で支持されるとともにセイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路が一体的に組付られた基板22と、

その基板22が後方への開放状態にあるときその基板22の前面に対し取付可能であるとともにその基板22の閉成状態においては前記窓口13と対応する位置において前記基枠21内に位置する遊戯盤23とを備えたパチンコ機』である点で一致し、次の点で相違している。

ア 相違点1

本願発明では、基枠が合成樹脂製であり、基板がセイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路が一体的に合成樹脂により組付形成されているのに対し、引用例1に記載された発明では、基枠が金属製であり、取付基板がセイフ球、アウト球、賞球の供給や流出にかかる各経路を備えた裏機構64が一体的に組付けられてはいるが、取付基板自体及び該裏機構64が合成樹脂により形成されたものであるか否か不明である点。

イ 相違点2

基枠21、遊戯盤23及び基板22を一体固着する手段が、本願発明では、前記基枠21の後面には押圧部76bの設けられた複数個の保持レバー76が軸支される一方、前記基板22の後面には前記保持レバー76の押圧部76bに当接係着される受部77が前記保持レバー76の個数に対応して設けられ、前記保持レバー76を受部77に対して半回動操作することによるものであるのに対し、引用例1に記載された発明では、前記基枠27の後面にはそこに立設されたねじ筒31、31に締付け具58、58のねじ杆が着脱可能に挿入螺合される一方、前記取付基板49には、前記ねじ杆が挿入される孔57、57が前記締付け具58の個数に対応して設けられ、該孔57、57の周囲が前記締付具58の押圧部に当接し、前記締付け具58を挿入螺合することによるものである点。

(4)  当審の判断

そこで、上記相違点について更に検討する。

ア 相違点1について

従来金属材料で作成した部材を合成樹脂製とすること、及び、それら部材を組付け一体化していたものを、材料を合成樹脂とすることにより一体成形することは、引用例2に記載された発明にみられるように、パチンコ機において周知・慣用手段であるから、この相違点は、本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が上記周知・慣用手段に基づいて容易になし得る程度のことである。

イ 相違点2について

引用例2には上記認定のとおりの発明が記載されており、その発明における締付金具27の「締付レバー」及び「締付片」は本願発明の「保持レバー」及び「押圧部」に相当し、更に、該締付片により押圧される「遊技盤部分」は本願発明の「受部」に相当するので、この相違点は、引用例1に記載された発明における一体固着する手段である締付け具58に代えて引用例2に記載された発明における締付金具27とすることにより、当業者が容易になし得る程度のことである。

ウ そして、本願発明の効果は、引用例1及び引用例2に夫々記載された発明の奏する効果から予測し得る程度のものである。(なお、請求人(原告)は押圧部が「膨らみ部77a」に圧接係合すると共に、基枠と基板とが合成樹脂製であり、パチンコ機の振動、衝撃に対し緩衝的に作用するという特有の作用効果を奏する旨主張しているが、膨らみ部77a及び合成樹脂の材質が本願発明の構成に欠くことができない事項となっていないことは、前記本願発明の要旨認定のとおりであり、請求人(原告)のこの主張は採用できない。)

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に夫々記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本願発明については、出願当初の明細書の記載が、昭和62年12月12日付け手続補正書で、次いで昭和63年12月14日付け手続補正書で、更に平成元年5月9日付け手続補正書で、順次適式に補正されたものであるから、本願発明の要旨の認定は、平成元年5月9日付けで補正された特許請求の範囲の記載に基づいてなされなければならない。

然るに、本件審決の認定した本願発明の要旨は、上記平成元年5月9日付け手続補正書による補正を看過し、昭和63年12月14日付け手続補正書による補正後の明細書の記載に基づいてなされたものである。

そして、本件審決は、その誤った本願発明の要旨と引用例1及び引用例2とを対比することにより、構成と作用効果の差異を論じ、それらの差異は当業者であれば、各引用例から容易に想到できるものと認定した。

したがって、本件審決は、本願発明の要旨の認定を誤った結果、本願発明の作用効果の認定を誤り、さらに本願発明と各引用例との作用効果上の差異を看過して、本願発明は特許法第29条第2項の規定に該当し特許を受けることができないとの誤った結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否

請求の原因事実はいずれも認める。

理由

1  請求の原因事実については、当事者間に争いがない。

上記事実によれば、本件審決は、本願発明の要旨の認定を誤ったために、本願発明は、引用例1及び引用例2に各記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたと判断したものであるから、違法として取消しを免れない。

2  よって、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

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